最 高 裁 の 違 法・不 正 手 段

  
憲 法 違 反 の 裁 判 官 統 制― 裁判官をヒラメ裁判官化する裁判官統制策、その上にそれを利用して裏金取得 ―

                        記

第1、一般国家公務員法、特別国家公務員法中、唯一、報酬の規定しか無く、昇格・昇級要件の規定の無い裁判官の報酬(俸給)
― 意図的統制の手段 ―

1、裁判官は国家公務員の特別職である(国家公務員法2条)。
   裁判官以外の一般職の国家公務員特別職の国家公務員については、いずれも報酬(俸給)、昇格、昇級について、詳細な規定を法定している。
   ところが、裁判官については、報酬の規定は存在するが、昇格、昇級の要件、期間等を定めた規定が存在しない。

2、公務員について、報酬のみならず、昇格、昇級について、詳細な規定を定める理由は、報酬(俸給)、昇格、昇級が、公務員の公務員として
 の人権の尤も基本的要件の一つであるばかりでなく、公務員に対し、任命権その他の管理的権限を有する者から恣意的な扱いをされないよう、
 管理権者の恣意性を排除することにある。

   つまり、公務員は職業であって、身分ではないということである。

   この点は、あらゆる諸外国の公務員制度にとって共通の思想であり、あらゆる諸外国とも、公務員の報酬、昇格、昇給について詳細な規定を
設けている。

  3、ところが、裁判官については、報酬(俸給)については定めがあるが、昇格、昇級については規定が無い。
     同じく、裁判所職員も特別職の公務員であるが、裁判所職員については、報酬(俸給)だけでなく、昇格、昇級についても規定があるので、
  最高裁は裁判官についてだけ、意図的に、昇格、昇級の規定を設けなかったのである。

   つまり、裁判官は、特別職の公務員、即ち、公務員法上は職業であるが、裁判所内部では職業としては扱われておらず、身分的に遅れた扱いを
受けているのである。

  4、なぜ裁判官について、昇格、昇級の規定が無いかといえば、昇格、昇級を裁判官統制に利用するためであるといえます。
    裁判官には裁判の独立、裁判官の独立が憲法上保障されている。

   しかし、国家上層部、裁判所上層部は、各裁判官が国家利益を無視した、裁判官個人の独立に従った裁判をすることを決して好まない(例えば、
安保を違憲とする裁判が続出しては困る)。

   裁判官の独立を認めた上で、裁判官を統制するためには、裁判官に対する最強度の利益誘導が必要なのである。

   それを果たすのが、裁判官報酬(俸給)上の昇格、昇級及び補完策としての裁判官の任地政策である。

第2、ところが、裁判官の統制は憲法違反である。

 1、裁判官の独立は憲法上保障されている(憲法76条)。
   裁判官の独立を認めているのに、裁判官を統制することは憲法違反である。

   そこで、裁判官の昇格、昇級の規定の有無、運用の実態等を正すため、平成21年、弁護士生田は東京地裁に最高裁を相手とする司法行政文書の
公開請求の裁判を提訴した。

 2、ところが、最高裁は、それに対する公開請求に応じない。

 3、最高裁があまりにも当然に整えるべき規定について、公開に応じないことは、裁判官の報酬(俸給)の昇格、昇級の規定を有しないこと等を最高裁
は黙認したものである。

   最高裁は、裁判官を統制する憲法違反を行っているのである。

第3、最高裁による裁判官統制の実態

 1、最高裁が裁判官報酬や任地の選定(転勤)による利益誘導でどのように裁判官統制を行っているか、以下、原告の著書を引用(「裁判が日本を
変える」日本評論社刊、99頁〜115)して説明する。

 2、『第5章 裁判官の統制

   第1節 裁判統制の方法

  1、自律的統制と他律的統制

    権力によって支配されることがないように、裁判官は身分が保障され、独立が保障されています(憲法78条)。ところが実は裁判官は
   見事なばかりに統制されているのです。裁判官は、他律的・自律的に統制されて「良心に従って独立して職権を行使」(憲法76条3項)
   できなくなっているのです。
    最高裁という上ばかり見る裁判官をヒラメ裁判官といいます。ほとんどすべての裁判官がヒラメ裁判官です。

 2004年10月18日最高裁長官町田は、新任裁判官の辞令交付式で「上級審の動向や裁判長の顔色ばかりをうかがう〈ヒラメ裁判官〉
 がいるといわれるが、私は少なくともそんな人は歓迎していない」と訓示しています(2004年10月19日朝日新聞)。
  最高裁長官自身が、裁判官が腐敗してしまっていることを認めて、正すための訓示をするなどということは、官僚制度として大変なことです。
 国民はこの点をもっと真剣に受け止め、(最高裁長官の意向に沿って?)ヒラメ裁判官の排除に一大努力をすべきでしょう。

 為政者は、ヒラメ裁判官の必要性を痛感しています。ヒラメ裁判官は、日本国民の権利意識の昂揚を防止し、安保条約を憲法違反とはせず、
 占領下沖縄との格差を目立たなくし、アジア各地と国内の戦後処理要求を抑えるために必要な存在なのです。行政の違法を黙認し、むしろ
 それにお墨付きを与えています。
  ヒラメ裁判官はこのような日本の政治の特殊性から、世界に類例のないものとして生まれたのです。

以下、日本の裁判官はなぜヒラメになるかを検討しましょう。

 裁判を統制するやり方には次の二つがあります。個々の裁判(法廷)に干渉する方法と、裁判官個人を統制する方法です。

  しかし、個々の裁判(法廷)に干渉するようなやり方をとると、たとえそれが内部的にされたとしても外部に露呈する危険があり、司法に
 対する国民の信頼を失いかねません。それに何よりも効率的ではありません。例えば担当裁判官に対して地裁の所長が国に不利益な判決を出さ
 ないように圧力をかけた長沼ナイキ訴訟のことを思い起こしてください。

それでは裁判官個人を統制する方法はどうでしょうか。これも二つの方法があります。

@ 他律的方法。たとえば、裁判官の市民的自由を剥奪し、規則・通達・裁判官会同・協議会等によって他律的に統制する。

A 自律的方法。裁判官が当局の思惑を積極的に先取りすることによって主体的に統制に服するだけでなく、当局の思っていることを先取り
  競争させる方法です。

この二つを比べてみますと、@(他律的方法)は、外部に露呈する危険性がないとはいえず、一旦外部に露呈すれば、司法権の独立・裁判の
独立の観点から取り返しのつかない大問題となります。そればかりか、裁判の独立を盾に他律的統制に従わない裁判官が出てこないとも限りま
せん。また統制に多大なエネルギーを要します。いずれにしても裁判官を全面的に統制する方法としては万全のものとはいえません。
 統制に服する裁判官と服さない裁判官が生じたのでは、裁判の混乱を来たし(例えば、水害訴訟等で区々の裁判がされる事態を考えよ)結果的
には統制に失敗します。

となりますと、憲法上、司法権の独立と裁判の独立が認められた日本のような社会で、なおかつ裁判を統制するための唯一の方法は、Aの自律的
方法、「裁判官を自主的・主体的に統制に参加させていく方法」以外にはないことになります。そのための条件整備として、裁判官の政治活動の自由・
団体行動の自由を奪って、市民的自由を制約し、不服申立等の手段一切を封じる必要があります。
 つまり、一時的・部分的に、問題ありとして排除したはずの他律的方法を導入しなければならないという矛盾を克服しなければなりません。
この点に関しては多少の非難を伴っても強引に遂行する以外にありません。青法協裁判官の排除の弾圧が、これです。この整備が整ったのが
1970年代の終わりごろで、それ以降「自主的統制時代」に入ったといえましょう。

  第2節 自律的統制の実態
    裁判官の報酬は、裁判官に、任官後20年目から急激に上昇する者と、停滞したままの者に分かれ、定年までに「億」単位の差ができます。
   また任地においても、「陽の当たる場所」ばかり転勤する者と、「ドサまわり」の者とに分かれます。

      この両操作によって、裁判官は自ら最高裁に好まれる態度を取ることになります。つまり、裁判官は統制され、ヒラメ裁判官になるのです。
  その結果、正義などと無縁の裁判がまかり通るようになっていきます。

  1、月給(報酬)による統制
   まず、報酬によるそれをみましょう。【表1】は最新の報酬月額表です。ただ、これを見ただけでは実態はわかりません。それを補完する
 ものとして、まず期末手当等(いわゆるボーナス)5.2ヶ月分、都市手当12%(わかりやすくするため東京・大阪等の大都市の手当をあげる)
 があります。

  これを、上記【表1】の判事4号以上につけたものが【表2】です。

裁判官は、4号までは機械的に定期(あるいは3年ごとに)昇給した報酬を受けます。しかし3号に昇給する者としない者との差異が生じ、
昇給の時期についても区々的になります。また、3号にならないと裁判長にはなれません。

だから4号までは表面上の差異はありません。しかし実質は差別が醸成されていく期間であり、それまでの任地・役割等からスムーズに
3号に昇給するか否かはそれぞれ自覚しています。従って3号から昇給に差が出るからといって、そのときになって良心的裁判をやめて急いで
ゴマスリ裁判をやり始めても間に合わない。3号をめざして最初からゴマスリ判決をしていなければならないのです。

3号に昇給するのは任官後20年を経た後といわれています(この時期についてさえ当局から明示されていません)。21年目から差が
つくというわけです。その後も早い者は2年半ないし3年(この点も明示されていない)ごとに2号、1号と昇給します。
 そこで、同じ時期に裁判官に任官しても、4号で止まっている者と3号ないし1号に昇給している者とでは、月々の報酬に相当の差異が
生じます。正義を重視する良心的裁判官は昇給に不利で、ゴマスリ裁判をする反民主的裁判官は早く昇給します。真のジャーナリズム精神で
仕事をする記者は冷遇され、体制癒着情報産業化したマスコミ企業の「主流」にゴマをする走狗記者が厚遇されるのと同じです。

それだけではありません。報酬を基準に退職金や恩給も支給されるので、生涯所得としては莫大な差異となります。3号になるべき時期から
65歳の定年までの約20年間の年収・退職金・恩給を合計すると、いくら少なく見積もっても「億」単位以上の差異となるのです。

良心を売った見返りに、笑いのとまらぬオイシイ生活を得ることになります。しかも私たちの税金で。異常なまでに意志強固な良識裁判官で
ないかぎり「自主的」にゴマスリになってゆくのです。

任官後21年目というと、大学生・高校生の子どものいる時期ですから収入の多寡は切実であり、誰しも早く昇給をと焦る時期です。4号の
まま留め置かれている者と、1号で都市手当付の任地の者に昇給した者とでは、年間1000万円近い差異となります。4号になってから10年
もたたないうちにこれほど年間所得の差異が生じるのです。

運よくスムーズに3号になった者も、2号・1号にスムーズにいくとは限りません。3号になったからといって安心はできないのです。さらに
2号・1号になるよう、ゴマスリの努力の継続が必要です。完全に馬車馬の前のニンジン対策と同じです。

「定年直前にいい判決をする裁判官がしばしばいる」という話があります。その「最後の良心的判決」以前はすべてゴマスリ判決かと思いたく
なります。
 その意味では、今の日本の裁判官なんて実にカワイソーな職業なのです(「裁判官という情けない職業」本多勝一著、朝日新聞社)。しかし
裁判を受ける国民はその犠牲となるわけですから、「カワイソー」なんて言っちゃおれません。ニンジンとしての高給のもとは私たちの税金だから、
全国民がゴマスリ裁判官を飼育していることにもなります。

しかも問題は、待遇の差異だけにあるのではありません。最高裁当局がこのような昇給を決めていることは間違いないとして、誰が具体的に
どのようにして決めているのか、何を基準としているのか、時期・期間はどうなっているのかといったことが一切明らかにしません。また内部
では、4号になってからは自己の報酬号数を他人に漏らすべきではないという不文律があります。

そこで、任官後20年を経過した者は、いつ、どのような時期に昇給するのか、他者より遅れていないか、といった不安な状況下にあり、「少なく
とも人並みでありたい」と願い保身を極度に誘発される状況下に置かれます。20年未満の者にとっても、差異が醸成されていく時期ですから置かれた
立場は基本的には同じです。

このように客観状況がわからない暗闇の状況下で利益誘導ないし差別を用いることが、集団全体を暗示にかからせ、一定の方向に自主的に向かせる
最も効果的な方法であることは明らかでしょう。これはもう、かつてのソ連型官僚制度を笑えないような暗黒制度以上の状況ではありませんか。

  2、転勤による統制
     日本の裁判官が、こういう恐るべき状況下で次々と「判決」を下し、マスコミがほとんど無批判にそれをタレ流し的・官報的に報じてゆく。
   この実態を、日本のどれだけの人たちが知っているのでしょうか。

1970年の初め頃までは、全国の大・中・小都市をA・B・Cランク分けして、10年間にA・B・Cを一回りするといった、形式的
には一応平等な任地・転勤の方法がとられていました。一応平等というのは、例えば最高裁の事務総局等の各局の勤務(局付、課長、局長)
はCランクとされるなどの不合理があり、東京地・高裁と最高裁を往復していることが可能でした。ところが、裁判官会議の形骸化や裁判官の
市民的自由の剥奪といった任地について外部的条件整備が整った1970年の初めころから、外形的な平等さえなくなり、裁判官には「大都市
向き、中都市向き、小都市向き」があり、さらに「適材適所で転勤する」と言われ出しました。そして東京・大阪といった大都市からほとんど
移動しない者、大都市間を移動する者、大都市と中小都市間を移動する者、小都市(支部)を中心に移動する者が生じるようになりました。
また転勤サイクルも、3年ないし5年かそれ以上といった個別的なものになりました。

日本では、大多数の国家公務員が大都市で自己の力を発揮したいと思っており、裁判官も例外ではありません。その上、転勤にともなう経済的
負担も大きく、さらには子どもの教育上も大都市居住の方が有利です。そして、大都市では前述した12%の都市手当も付加されて報酬的にも恵
まれている。3年以上小都市に居ると都市手当が切れるので実質上減収となる。この点からも転勤場所及びサイクルは切実になります。

問題は、報酬の場合と同じく、だれが、どのような基準でこれを決めるのかが一切明らかにされていないことです。

報酬による差異と、転勤による差異が重なると、同じ時期に任官しても天と地の差異が生じます。片や大都市で転勤の不利益は一切なく、裁判
そのものの現場から離れて、最高裁事務総局・最高裁調査官・司法研修所教官を歴任して三冠王と称されて、3号から1号へ一挙に駆け上がる者
があると思えば、他方は支部を転々とし、子どもの進学等のため単身赴任を余儀なくされ、4号に据え置かれ、家族の生活が3ヶ所・4ヶ所とも
なって、生活自体が破壊されかねない者も生じます。

裁判の統制手段は、これまでは、裁判干渉=知的干渉=裁判官本人対象といったメカニズムだったのが、30数年前から全般的生活差別型=恒常的
利益誘導型=家族全員対象といったメカニズムに変わってきているのです。家族全体が対象とされるため、本人の意志だけで耐えたりすることが益々
困難となっています。転勤時期ともなれば、有利な転勤をした者と不利な転勤を余儀なくされた者の家族ぐるみでの悲喜劇が生ずるのです。
これがヒラメ裁判官が養成されていくシステムです。

 3、趨勢の先取り競争
      こうした被差別回避・利益確保ないし保身のために、裁判官は、裁判所全体の趨勢を先取りして競争する自主的統制が生じてきます。裁判官全員
   によるこのような「裁判所の趨勢を先取りしよう」とする意識が、さらに新たな趨勢を作り出すという増幅効果と悪循環を作り出すわけです。

こんな状況の中で、「裁判官会同」や「協議会」が施されると、率先して趨勢を先取りしようという雰囲気につつまれ、そうなると誰が指導する
までもなく、自主的統制へとみんなで急進するのです。

   個々の裁判においても、判決の効果を意識して、裁判所の趨勢を先取りした判決をするのです(例えば靖国訴訟)。

   月給や転勤を餌にされて、裁判官が自主的に統制されていく仕組みを見てきましたが、問題はさらにその先にあります。昇給する者としない者
の区別を「人事政策」として簡単に片付けてよいものかどうか。さらに、これを差別人事として非難するにとどまってよいのか、ということです。

   つまり、一定数の者を昇級させる予算措置即ち原資(金額的にも年間何百億円以上という巨額のはずです)があるわけですが、これを適法に運用
しているかという問題です。当局者が、お手盛りで、自己及び同調者に有利に使うならば、憲法で保障された身分の保障のための運用をせずに、
「その任務に反して自己の利益をはかった」ものとして少なくとも背任罪に問われてしかるべきでしょう。背任罪の他に、虚偽公文書作成、業務上
横領、詐欺罪の成立が考えられます。

   背任罪の本質は「信頼関係違背による財産的加害」とされていますが、背任罪や横領罪は、西欧では、主人に対する使用人の犯罪として発展
しました。国家や都市の公務員も株式会社の取締役と立場的には同じであるとして、背任罪が適用された時期もありました。その後法制度が完備
し、およそ公務員がお手盛りで自己の昇級に予算を使うといった遅れた制度がなくなったためもあって、公務員に対して背任罪を問う必要性はなく
なったのです。ところが日本の裁判官の場合は、他の公務員と違って法律や人事院規則による昇級の定めがなく、その上、説明責任さえ果たされて
いないので、お手盛りで予算を使うことが可能なのです。それならば、背任罪に問われても仕方がないのではないでしょうか。利得の大きさ、被害
の甚大性、国民に対する背信性といった違法性の大きさにおいても、通常予定されている背任罪や商法の特別背任罪の事案とは比較の域を超えていま
すが、もし裁判官3号報酬、2号報酬、1号報酬の差別が犯罪性を有しているということになれば、われわれ国民は、犯罪的集団に統制された裁判所
による裁判を受けていることになります。                 』

第4、以上のように、裁判官の統制それ自体が憲法違反であるばかりでなく、統制の具体的方法が、背任、虚偽公文書作成、業務上横領、詐欺罪等に該当
する犯罪なのです。

   日本の主権者である国民は、このような犯罪者である最高裁の裁判を受けているのです。

第5、憲法違反の裁判官の統制をし、その統制によって浮いた金を裏金とする最高裁

 1、裁判官の独立は憲法上保障されている(憲76条)。
  独立を憲法上保障された裁判官を統制すること自体、憲法違反である。

 2、4号報酬、3号報酬、2号報酬の裁判官の全部ではなく、その一部をそれぞれ3号、2号、1号にするためには、その号の級別定数の規定が
  必要であるが、裁判官報酬には級別定数の規定が無い。

さらに、上の号に昇格昇級するための要件、期間等を定めた規定も無い。

そのため、最高裁は、恣意的に、4号、3号、2号該当者をそれぞれ1号俸上の3号、2号、1号にすることができる。

最高裁が恣意的に号俸を上げるため、裁判官は最高裁の顔色をうかがって仕事をすることになり(ヒラメ裁判官)、最高裁の意向を自然と裁判官
に伝えることが出来る。

これが最高裁による裁判官統制の基本手段である。

 3、最高裁の裏金は、この裁判官統制の手段によって必然的にもたらされる、いわば「浮いた金」である。
       最高裁は恣意的に裁判官を統制せんがため、裁判官報酬3号、2号、1号の各級別定数を定めない。
     即ち、3号、2号、1号の各級の定数が何名であるかを明らかに定めていないのである。

それだけでなく、3号、2号、1号に昇格、昇級する要件、期間も定めていない。

それでいて、4号裁判官が3号になる4号全員分の予算を獲得する。3号裁判官が2号になる予算、2号裁判官が1号になる予算についても、
それぞれ3号、2号の全員分を獲得する。

しかし、現実に4号から3号へ、3号から2号へ、2号から1号へ、その年に昇格、昇級するのはそれぞれの号俸の約3分の1である。

そこで、獲得した3号、2号、1号分の予算のうち約3分の2が余る。

最高裁はこれを全部裏金としているのである。推定で年間5億円近くである。

 4、このような裏金の獲得はもちろん犯罪行為である。
       3分の1しか必要としない3号、2号、1号分の予算として10割の予算請求し、それを裏金として獲得する行為は、虚偽公文書偽造、詐欺、
   横領、背任罪に該当する。

 5、一方で、このように憲法違反の裁判官の統制をし、同時に犯罪行為もしている最高裁及びそれに従順と従っている各裁判官に憲法に従った判決が
  出来るはずがない。

これが、主権者が不信に思う行政権追認判決、本来違憲であるべき裁判を合憲とする判決、民事裁判における裁判官の恣意的判決、自白調書偏重の
冤罪が発生する理由である。

 6、以上のように最高裁が裏金を取得しているおそれが濃厚なので、本件では、別紙の司法行政文書開示申出をすることにする。


第6、行政権力、最高裁、会計検査院結託の最高裁の裏金

 1、裁判官報酬の3号、2号、1号について、公務員として当然あるべき級別定数の規程が無く、裁判官については、違法な報酬規程が適用されていること。

 2、裁判官報酬の3号、2号、1号に昇級する要件、期間の定めもなく、最高裁は、恣意的に昇級されることが出来ること。

 3、これらの級別定数、昇級要件、期間の不備は、行政庁や国会、会計検査院も公知の事実であること。

 4、そのため、会計検査院は会計検査院始まって以来、最高裁に対し、裁判官報酬の予算の執行状況について会計検査をしたことが無いこと(会計検査院
に対する平成20年の公文書公開請求で判明)。

 5、このような最高裁が裏金を作る可能性が公務員社会で公知の事実にありまがら、それを見逃してもらっているお礼として、最高裁は公務員に対する
国家賠償訴訟において、下級審があまりにヒドすぎる事案については、公務員の個人責任を認める判決をしても、最高裁までいくと、公務員個人の責任
は決して認めようとしません。

   これが最高裁の姿勢です。

   つまり、公務員世界では、裁判官の4号から3号以上への差別昇級、最高裁の裏金作りは公知の事実で、それを容認してもらっているお返しとして、
公務員の違法行為に対して個人責任は問わないという判決でお礼をしているのです。

   このようなことから、捜査官は違法な虚偽の自白を取って冤罪をたれ流し、行政庁の公務員は違法行為をし放題ということになるのです。

   これが、日本の現状です。

   この延長線上に2011.3.11の福島原発の国民に対する不開示があるのです。日本の、国民に真実を知らさない体質は、諸外国からも日本を
不信に思う態度になっています。

   しかし、この現状について、そろそろ見直しをすべきであるという風潮が起こり始めているのです。


第7、最高裁の裏金は世間ではどのように論じられているか

 1、前出の「裁判が日本を変える」の115頁以下を見てみましょう。

 『四、最高裁の「裏金?」

    裁判官を4号から3号に昇給させるために予算取得しながら、4号全員を昇給させず、一部の裁判官を年次を遅らせて昇給させるとします
(永久に3号にならない裁判官もいます)。そうすると相当額の予算が余ってきます。おそらくこの余った予算は、事実上最高裁の裏金になり
ます。1年の裏金自体相当な額にのぼると思われますが、4号3号問題が何十年も続いているということになると、蓄積された裏金の額はいか
ほどになるでしょう。推測では何百億円になると思われます。

 検察では行ってもいない調査活動(調活)を行ったかのように装って、経費を計上して裏金にしています(市川利明『日本の裏金()』第三
書館、2頁以下、210頁)。警察では情報提供者に「捜査用報償費」を支払ったことにして偽造領収書を作成して裏金を捻出しています(同書
212頁以下、418頁)。しかしさすがは最高裁、検察や警察とは裏金の単位が違います。

最高裁はこの裏金を利用して、最高裁に反対する学説が出ないよう、学者に多額の報酬を出して学者を囲い込み、裁判官を外国に視察させて
裁判官を手なずけ、あるいは職員の労働争議の労務担当費として使い、さらには、裁判員裁判の違法なタウンミーティングに公文書を変造し、
違法なさかのぼり契約で、27億円もの費用をマスコミに出費しました。そればかりでなく契約書式はイベント請負には使えないはずの、裁判所
庁舎の補修に使う書式をあてるという無茶苦茶さです(魚住昭『官僚とメディア』角川書店、201頁)。

これはきわめて由々しき事態といわなければなりません。この疑念を晴らすためには、昇級の時期・期間・判断基準・理由の開示など、適正手続
を明朗にすべきでしょう。手続の透明性及び説明責任が切実・早急に求められているのです。「正義を実現すべき裁判所において、その内部に不正
などあろうはずがない」といった、いわば裏返しされた「お上意識」からの脱却が、われわれ国民に求められているのです。

一度でも裁判に関係した人は、法的サービスという役割を忘れた裁判所・裁判官のきわだった権威主義的態度にお気づきのことと思います。
裁判の内容によって国民から信頼を得るのではなく、外形的な権威で裁判の威厳を保とうとしているのです。国民が主権者であるという実感が、
裁判に関与して全く感じられないという現実があります。裁判所や裁判官は、みずからの存在が主権者たる国民の信託に基づいているということ
を忘れているのではないでしょうか。

このような現実を前にして、主権者であるわれわれ国民は、二つのことに気づくべきだと思います。一つは、権威主義的に振る舞わなければなら
ない司法の内部事情があるのではないか。権威主義的に振る舞うことによって何かを隠そうとしているのではないかということです。もう一つは、
国民主権の行使のあり方が不十分なのではないか。つまり、陪審制など、司法に直接的に国民・市民が参加しなければならない段階にきているのでは
ないかということです。

いずれにしても、このような背景を基盤として、刑事では検察官が作った調書を最大限に信用する「調書裁判」、行政裁判では原告適格が無い、
訴の利益が無い、ということで中身に入らず、門前払いの裁判が、民事裁判では裁判官の恣意的裁判が行われているのです。この国は、近代的な
三権分立の社会ではないのです。

     以上のように、ヒラメ裁判官問題は官僚統制がとことん進むとどうなるかという具体例です。

裁判官が主権者たる国民を放ったらかして、自己保身、自己の利益の追及のため、最高裁の意向や上司ばかりを気にして、上司が未だ言わない
ことまでも率先して先取りしていく、恐ろしい状況下に、われわれ国民は置かれているのです。

なぜ裁判所が憲法判断をしないのか(例えば靖国訴訟、安保条約)という表面的な次元の問題としてとらえるのではなく、裁判官の統制の問題
としてとらえて、これを根本的に除去する方法を追及する必要があるのです。これは、裁判員裁判の問題どころではない焦眉の問題なのです。
日本では真の裁判制度が無いといってもよいのです。        』


第8、最高裁の裏金を許していて真の「主権在民」が果たせるのか

 1、以上のように、最高裁は4号から3号へ、3号から2号へ、2号から1号について、実質上の級別定数を実施しながら、予算獲得については、
  級別定数ではなく全員分の予算を獲得し、実質は級別定数をして、獲得した予算の残余を全て裏金としている。

 2、裁判官報酬の昇格・昇級規定を設けずに恣意的に昇格・昇級するだけでなく、級別定数を設けず全員分の予算を獲得して、実質上は級別定数の
  実施をし、獲得した予算の残余を全て裏金とすることは虚偽公文書作成、業務上横領、詐欺、背任罪に当たる。

 3、このような、憲法違反の裁判官の統制及びそれで浮かした金を犯罪行為である裏金とする最高裁を許していて、真の主権在民といえるのか。

第9、結論

       国民は、日本国の主権者である(憲法前文、第1条)。

    ところが、為政者は、国民に対して、知らしむべからず、よらしむべし、との態度である。

   これが、2011.3.11の福島原発大事故の根本原因である。

   この国民を情報無知の状況におく根源は、最高裁のウラ金に象徴される最高裁の姿勢を他の国家権力が
最高裁を見習っているのである。

   最高裁は、憲法を頂点とする法律に従って職務をするという司法の本質から、率先して、国民に対して
情報公開をしなければならない。

   ところが、最高裁が率先して、情報を隠しているのである。

   最高裁の裁判官をヒラメ化し、ウラ金を利用する裁判統制は、情報公開がされれば、出来ない事柄ばかりである。

   今回の最高裁に対する司法行政文書の公開は、主権者である国民の、本来の主権回復の必要不可欠の手段なのである。

                                                                                                                                                                                                            以上

     最高裁情報開示控訴審     屁理屈判決連続       最高裁の棄却は憲法違反と睥睨を装う! !     トップに戻る